【働き方改革10】民間エリートに"美意識"はなかった。郵政民営化失敗の本質
大学の同期に勧められて「世界のエリートはなぜ『美意識』を鍛えるのか?」(山口周著、光文社新書)を読み、「日本は取り残されてるよな」と思いました。
グローバル化の浸透により、物だけでなく、人までもが流動化するなか、AIや5Gがもたらす更なる変化は、私なぞには到底想像の及ばないところです。ですが、多くの人もそうなのでしょう。世界のエリートも。
だからこそ、著者は「システムの変化にルールが追いつかない状況などから、世界のエリートが美意識を鍛えている」ことをさまざまな事例をもって説明し、「生産性や効率性といった外部の指標に頼るのではなく、真・善・美という内部の美意識でもって判断すべし」と訴えているのです。そうしないと、「マーケットも逃すし、新規事業が後出しじゃんけんで違法にされかねませんよ」とも指摘しています。
読んだころに発覚したのが、かんぽ生命の不正事件です。過剰なノルマが不正の背景にあったとされていますが、過剰なノルマはだれが設定するのでしょうか。設定したノルマをOKするのはだれなのでしょうか。私は金融機関から郵政にやってきた経営者の責任が一番重いと思います。
もちろん、不正に手を染めた人間が悪いことは論をまちません。郵便局に勤めている人が高齢者をだますなどして、保険料を二重払いさせるなどしていたわけですから。これでは、高齢者から大金をむしり取るおれおれ詐欺をはたらくような奴らと、メンタル的には変わらない。そう思いますが、そうさせたのは、ノルマであり、人事政策でしょう。だから、経営者が誤っていると思うのです。
ここまで書いて、ネットを検索して、
「郵便局では保険に入らない」と決めていい理由(山崎 元:経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員)という記事をDIAMOND ONLINEで見つけました。
https://diamond.jp/articles/-/211062
さすがに、おれおれ詐欺までは書いてません。また、私の知らなかった「インセンティブ」についても言及がありました。
不正販売に関わった郵便局員については「過去に築かれた郵便局への信頼を背景に、顧客の無知や不安につけ込んで不利益な保険の販売を行って、自分の収入を稼いだ人」が正しい認識だ。
山崎氏はこのように、保険販売をした当事者を非難したうえで、「「こうした「手当」によるインセンティブの構造を改めない限り、ノルマだけを隠しても、不適切な販売はなくならないはずだ」」と指摘しています。
「「給与水準を大きく上げて、保険販売に伴う手当を廃止する、というくらいの荒療治をしないと、郵便局は顧客にとって安全な場所にならない。それでは経営が立ちゆかないということなら、根本的な経営構造が間違っているのだ」」とも。
この「経営構造が間違っている」というのが、最大の問題であり、今の日本企業の多くが見て見ぬふりをしている問題だと思うのです。
日本はすでに人口減少社会に突入し、国内マーケットは縮小している。だから、国内マーケットでは売り上げを増やすことはできない。なのに、「売り上げを増やせ」「インセンティブやるからがんばれ」では、当然、顧客第一の営業にはなりません。自明だと思います。
だから、山崎氏が指摘されているように、「経営構造が間違っている」のだと思います。
山崎氏は結論を「人間から保険や投信を買うことのリスクを避けるべし」という提案にしているので、「経営構造」の具体的な中身については言及していませんが、文脈的には「構造を変えるべし」という提案になるでしょうし、そして、経営構造が変えられないのであれば、「市場から退場すべし」ということになるのではないかと推測します。
そして、私も、「こんな商売しかできないんだったら、退場すればいい」と思います。
「美意識」の話に戻しますと、郵政グループの経営陣が美意識を鍛えたからといって、「保険商品が売れるようになる」とは思いません。ただ、美意識のある経営者なら、あのようなノルマ、インセンティブをそのままにすることはなく、組織としての大きな舵を微妙に切れたのではないかと思います。つまり、保険商品の販売に熱を入れず、その分のインセンティブ、人件費を、地域に役立つ地道な事業を推し進める可能性の追求に使うとか。。。
これからもしばらくの間、日本の多くの企業は人口減少マーケットのレッドオーシャンで、美意識なきサバイバルゲームを続けるのでしょうが、サバイバル度がひどすぎる場合、一人ひとりの社員は「離脱」を考えてしかるべきではないかと思います。
「美意識」の本には、「悪とは、システムを無批判に受け入れること」との哲学者の言葉が紹介されています。組織人への警句として紹介されており、だから組織人も一人ひとりが美意識を鍛えるべきだ、と著者は記しています。
もっとも、著者が「美意識を鍛えた組織人」に期待しているのは、「組織からの離脱」ではなく、「組織のシステム修正」なので、私のようなすでに辞めた人間はこの警句の対象外なのかもしれません。
しかし、組織というのは簡単には変わらぬもの。「弓折れ、矢尽きるまで」なんて、普通は無理ですよ、ね。